オーディオインターフェイスのSymphony I/O やDuet などで知られるApogee社より、伝説のエンジニアと呼ばれるボブ・クリアマウンテン氏が所有するNeve 8068コンソールのモデリングプラグイン『Clearmountain’s 8068』がリリースされました。
クリアマウンテン氏は1980年代から現代まで第一線で活躍されていて、グラミー賞やエミー賞も複数回受賞している伝説的ミキシングエンジアです。
手がけたアーティストはBon Jovi、The Rolling Stones、David Bowie、Bruce Springsteen、Kissなどなど、ロックの歴史ともいえるサウンドを作り上げきた方です。
そんなクリアマウンテン氏が現在メインコンソールとして使用されているNeve8068の精巧なモデリングが本製品になります。
Neveコンソールのモデリングはこれまでも数々のプラグインメーカーからリリースされてきましたが、Clearmountain’s 8068 はボブ・クリアマウンテン本人のブライングテストに合格しているとのことで、正に本物と見分けがつかないレベルの製品となっています。
本稿ではClearmountain’s 8068の機能や筆者の使用感などをレビューさせていただきます。
Clearmountain’s 8068
Clearmountain’s 8068は、マイクプリ/ラインインプットのゲイン、3バンドEQ + Hi/Loパスフィルター、そしてフェーダーと至ってシンプルな構成で、オリジナルのNeve 8068の1チャンネルをほぼそのまま切り取った形になっています。
Neveコンソールをモデリングしたプラグインの中には、現代的な利便性を考慮してコンプやゲートが付いてるものがありますが、Clearmountain’s 8068はそうではなく、オリジナルを忠実に再現するコンセプトが伺えます。
各コントロールの数値も隠れている(セッティングで表示ありに変更可能)ので、数値ではなく耳で音を作る感覚、アナログライクな操作感を重視した製品です。
だからといって不便かというとそうではなく、プラグインを扱う上での操作性は綿密に作り込まれているのでストレスなく扱うことができます。
そして、Clearmountain’s 8068のサウンドを正しく評価するにはオリジナルのNeve 8068についても予備知識が必要だと思いますので、簡単ですがNeve8068についてまとめてみました。
Neve 8068 の概要
Neve 8068は、Neve 8014から続くコンソールシリーズの後継として1970年代後半に開発されました。
Neve 8014は、代表的な『1073』モジュール(コンソールから1チャンネル分を切り出したもの)を搭載した”ザ・Neveサウンド”であり、誰もがNeveと聞いて想像するような太く温かみのあるサウンドが特徴です。
一方、後継となるNeve 8068には『31102』モジュールが搭載されていました。(8014と8068の間にもいくつかのモデルが存在しますが便宜上省きます)
31102は、1073と比較するとクリーンな質感になっていて、1980年代のロックサウンドに大きく貢献しました。
また、8068は大型スタジオ向けに完全カスタムオーダーかつハンドメイドで製造されたため、非常に高価(数千万円相当)であり生産台数は数十台程度、現存しているものはわずかで個体差もあるという状況です。
このように、一言でNeveといっても製造年代によってサウンドカラーは様々であり、モデリング元となるオリジナル機の状態によっても微妙に変わってくる、ということを予備知識として持っておくと、Clearmountain’s 8068を正しく評価できるように思います。
音質的特徴
Clearmountain’s 8068 を初めてインサートした時の印象として、31102のキャラクターを念頭に置いても筆者が想像していたよりクリアに感じました。
“プラグインのNeve”に慣れてしまっている身としては、多少なり太い音に変わるようなイメージだったのですが、そうではなく上品なアナログ質感が付与されたような印象です。
Apogee公式からオリジナルの8068と比較するサンプルが聴けますが、たしかにブラインドだとほとんど違いが分からないような音だったので、『これが本来のNeve8068なのか』と納得させられたような感覚になりました。
マイクプリモードだと明らかなサチュレーションが付与されますが、ラインインプットモードではクリーンな質感の中に少しの鈍さがあり、個人的にかなり好みでした。
解析するとノイズ成分も比較的多めに入っていることが分かるのですが、その影響なのか多少のざらつきも感じます。
輪郭がぼやけすぎずに上品な太さが加わるので、トラックのトリートメントには最適です。
また、高域をブーストした時のシルキーさは特徴的で、心地良いアタック感やプレゼンスを加えることができます。
Neveモデリングの中にはハイブーストすると耳障りになってしまうものもありますが、Clearmountain’s 8068はマイルドでありつつもしっかりとパワフルで、非常に丁寧な作り込みを感じました。
EQコントロール
機能としてはゲインと3バンドEQ+Hi/Loパスフィルターのみなので、一度でもNeve系のコントロールを触ったことがあればすんなりと操作できます。
3バンドEQの掛かり方は非常にスムーズで、既存のNeveモデリングと比べても操作しやすいように感じました。
表現が難しいですが、3バンドの整合性が既存のモデリング製品より上手く取れているような印象で、積極的なブースト/カットでもバランス破綻せずに、音痩せや劣化してる印象を全く感じません。
グラフィカルなスペクトラム表示や周波数の無段階切替といったプラグイン化で追加されるような便利機能はありませんが、そういったものの必要性を感じることがないぐらいに完成されていると思います。
細かい幅でFブースト/カットは行えませんが、「トラックの質感を整える」「全体のカラーを揃える」といったチャンネルストリップ本来の役割は完璧にこなしてくれます。
CPU負荷
非常に軽く、1つのインサートではCPU負荷が1%以下、数十トラックに挿しても数%なので負荷を感じることはほとんどありません。もちろんゼロレイテンシーなのでどんな状況にも気軽に使えます。
- OS : macOS Sonoma 14.1
- CPU : Mac M2 12コア
- メモリ : 64GB
- DAW : Cubase Pro 14
- バッファサイズ : 2048samples
- サンプリングレート : 48kHz
- ビット解像度 : 32bit float
- オーディオIF : Prism Sound Lyra1
まとめ
インサートしただけでは大きな質感変化は起きないが、少し調整すると上品なカラーが付与されるという、チャンネルストリップの在るべき姿を提示されたような感覚があります。
動作も非常に軽いので何も考えずにどんどんインサートできるのも嬉しいですし、音質の良さに特化した、Neve8068モデリングの決定版とも言える完成度だと思います。
正直Apogeeにここまでのモデリング技術があることは知らなかったので、Neveコンプが今後モデリングされることにも期待したいと思います。