2018年に立ち上がったアメリカの新興プラグインデベロッパーCradleは、初期作であるシンセ音源「The Prince」や State Machine シリーズといった音源系プラグインに加え、近年はミックス/マスタリングツールも展開しています。
今回紹介する The God Particle と Orion は、ミキシングエンジニア Jaycen Joshua(ジェイセン・ジョシュア)のシグネチャープラグインとして位置づけられています。
ジェイセンはグラミー賞を3回受賞、15回ノミネートされていて、ビヨンセ、ジャスティン・ビーバー、BTS、ジェイ・Z など名だたるアーティストの作品を手掛けている一流エンジニアです。
ヒップホップやR&Bサウンドを得意としており、今回紹介する2つも基本的にはそういったジャンルにマッチする設計のようです。
それでは詳しくレビューしていきます。
The God Particle & Orion レビュー
The God Particle 特徴

The God Particle は、ジェイセンが長年使ってきたミックスバス〜マスターバス用のアナログチェインを凝縮したプラグインです。
「Beyond Super Analog」を掲げており、パンチのあるサウンドキャラクターで、音源を「商業POPSのトーン」に一気に変えることができます。
内部処理としては
- 固定カーブの3バンドEQ
- マルチバンドコンプレッション/ダイナミクス処理
- サチュレーション/ハーモニックエキサイター
- ステレオ感の調整(中域中心のワイドニング)
- アダプティブリミッター
などが動いてますが、それをシンプルなコントロールにまとめています。
操作するコントロールは
- 中央のAmount:チェイン成分の“濃さ”をコントロール
- 3バンドEQ:ミックス全体の重心調整
- Limiter:リミッターのインプットゲイン
- Input/Output:入力レベルと最終レベルを調整
と、かなりシンプルです。
また、このプラグインの独自性の一つに、InputとGain Reductionセクションに”ターゲットゾーン”が設けられていてその範囲に収まるように調整することでジェイセンが想定したバランスに寄せることができます。
音色は低域〜中低域に重心のあるバランスで、高域や空気感を強調するようなエンハンスメントな派手さよりも、どっしりとした質感にマッチしやすいと感じました。
Orion 特徴

The God Particle と同じくJaycen Joshua監修の「BeyondSuperAnalog」路線。
ドラムバス専用とのことで汎用性よりも”ジェイセンサウンド”を重視しています。
- Color:複雑なサチュレーションで、ピークを増やさずローエンドを太くする
- Harmonics:基本周波数を指定して、その倍音を生成
- Compression:パラレルコンプとして働き、ドラム全体のまとまりを付与
- Lift:高域寄りのサチュレーション。ハイのエネルギーと押し出しを追加。
- HarmonicEQ:エンハンサー。特定帯域に倍音を足し存在感や抜けを強調
- Parallels:sub/low/loud/gritのパラレルバスを足して、キャラクターを調整
の6セクションで構成されています。
最も特徴的なのはColorセクションで、ジェイセンが普段使用する「Waves NLS 8台直列チェイン」を再現しています。
Waves NLS は、SSL,EMI,Neve のコンソールエミュレートで、そのサチュレーションの組み合わせをジェイセンは自身のミックスで頻繁に使うそうで、ローエンドを太く、パンチを加えるサウンドが特徴的です。
その他、Harmonicsセクションは Waves RBass、Compセクションは、Plugin Alliance の Shadow Hillsなど、再現元のプラグインも公開されています。
6セクションそれぞれが人気プラグインの再現であり、それを一つのプラグインに集約、そしてコントロールはシンプルにまとめられているので、モダンでスペーシーな見た目からは想像できないほど内部動作は複雑なようです。
それぞれの使い方と得意な場面
Cradleおよびジェイセンが推奨する使い方としては、どちらもミックスの最終局面ではなく、早い段階でそれぞれインサートし、”ありき”でミックスを進めた方が良いとのことです。
このことから、God Particle、Orion のどちらも、繊細なバランス調整より全体的なサウンドデザインとして用いた方が良いと感じます。
得意なジャンルは、モダンなポップス、R&B、ヒップホップ、トラップ、EDM など、ラウドさとインパクトが求められるジャンルです。
特に、生感と重量を両立させたい現代的なポップス制作においては、どちらもサウンドデザインで活用できると思います。
- ドラムバスは Orion でキャラクターと重量感を作り、
- 2mix全体を God Particle でまとめる
という役割分担が自然だと思います。
注意点と向き不向き
God Particle は、シンプルコントロールと引き換えに、パラメータの自由度を削った設計になっています。
内部処理を細かく調整したいタイプのエンジニアにとっては、自由度の低いプラグインと評価されるかもしれません。
また、クラシックやジャズのように、ラウドネスよりもレンジ感やナチュラルさを重視するジャンルでは、God Particle のキャラクターを活かしきれないと思います。
Orion も同様で、サウンドカラーはっきりしているため、繊細でダイナミックレンジを大きく保ちたいアコースティック系のドラムにはマッチしにくいでしょう。
ただこれは、”シグネチャープラグイン”の宿命でもあると思うので、万能感を期待するよりも、特定ジャンルに最適化されたものと認識した方がGod Particle・Orion 共に活かせるように思います。
CPU負荷
- God Particle:等倍だとほとんど負荷なし。レイテンシーも3.9msと非常に軽いです。
オーバーサンプル可能なので最大の8倍にしたところ、負荷25%まで上がりました。 - Orion:セクションのON/OFF状況によるが、15〜20%あたりで動く様子。オーバーサンプルなし。
まとめ
どちらも「ターゲットゾーンに向かってノブを回すだけで、ジェンセンの提示する正解ゾーンに近づける」設計であり、時短プラグインとして活躍が期待できると感じます。
特にOrionは合わない場面がはっきりしていて、万能的な製品ではないですが、キャラが強くアナログ感のしっかり出したいという目的があれば、しっかりと応えてくれる製品です。
「Super Analog」というキーワードを体現する象徴的な2本であり、現代的な商業ミックスの質感を効率よく手に入れたい場合には、一度触ってみる価値はあると感じました。