2021年にリリースされたThree-Body Technology(以下TB Tech)社のKirchhoff-EQ は、その多機能と高品質なサウンドで一気にEQプラグインのトップセラーに躍り出ました。(SONIC WIRE EQ部門 売上No.2)
リリース当初、筆者も当サイトでレビューさせていただきましたが、その後いくつか大きいアップデートを経て、より柔軟性が高くなったので、筆者の使用感やおすすめ機能など含め、概要からアップデート内容まで前回よりも”深めに”レビューしたいと思います。
Kirchhoff-EQ
主な機能
Kirchhoff-EQ の主な特徴は以下のとおり。
- 32バンド・パラメトリックEQ
- 超低歪みで低ノイズ
- ヴィンテージEQのモデリングフィルター
- フレキシブルで多機能なダイナミックEQ
- 4種類の位相モード
- 117bitモード
- オーバーサンプリング
- オートゲイン
- バンド毎の指向性切替
- Lookahead
などなど、これ以外にも多くの機能が搭載されており、非常に多機能なEQです。
この中でもフィーチャーされている機能が、歴史的なヴィンテージEQ をモデリングしたフィルター(カーブ)が合計32種類搭載されていることです。
モデリングフィルター
これまでのEQプラグインでは、フィルターの種類をいくつか選択できるものはあっても、アナログ機種からモデリングされたフィルターを選択できる製品は限られていたと思います。
アナログ的なEQカーブを使おうと思うと、例えばモデリングされたチャンネルストリッププラグインを使ったりすることが多いですが、同時にアナログノイズも付いてしまったり、視認性や操作性に難があったりと、懸念材料もあります。
そういった状況でもKirchhoff-EQならノイズの心配なく、快適な操作性で往年の名機と同じフィルターを使えるので非常に便利です。
逆に言うと、アナログ的な倍音付与などはされず、あくまでフィルターの形だけをモデリングしているものになります。
また、EQポイント作成時に選択されているフィルターは、デフォルトでは通常のベルカーブになっていますが、これを任意のものに変更することもできます。
帯域別にデフォルトを変更することもできるので、低域にはBritish N、中域はType E、高域は250、ローパスだけVintage Tube、みたいにお気に入りのフィルターをデフォルト設定にしておけば作業も捗ります。
なお、アップデートでフィルターの種類も増えており、現行バージョン1.6.4ではデジタルフィルターが15種類、モデリングフィルターが32種類あります。
デジタルフィルターではNotch、Flat Tiltなど高機能EQではおなじみのものから、Flat Top、Swordなど見かけないものもあり、使ってみると新しい発見があるかもしれません。
音質へのこだわり
Kirchhoff-EQ の公式サイトやマニュアルからは、TB Tech社の音質への徹底的なこだわりが垣間見れます。
例えば『Robust Nyquist-matched Transform』という技術ではデジタルEQにありがちな高域が詰まった音にならないとのこと。
また、『音響心理適応型フィルタートポロジー』という技術では帯域毎に最適なフィルター構造に変化するので、低域から高域までサウンドの偏りなくEQできるとのことです。
その他、様々な独自技術が盛り込まれておりますが、技術自体は理解していなくてもデフォルトの状態でクリアかつ位相狂いの少ないシャープなサウンドを堪能できます。
そこから更に音質を高める、あるいは状況に応じてキャラクタを使い分ける機能として、以下が搭載されています。
- 117bitモード切替(通常64bit)
- 位相モード切替(Minimum/Analog/Mix/Linear)
- 2倍オーバーサンプリング
- Tight Mode切替
- アダプティブ ノイズ シェーピング切替
この中でTight Modeとアダプティブ ノイズ シェーピングはアップデートで追加された機能で、追加された経緯が以下ように記載されています。
Kirchhoff-EQ の以前のバージョンでは、巨大で厚みのあるローエンドサウンドを生み出すために特定のフィルター構造が選択されていました。
しかし、多くのユーザーはローエンドがよりタイトでパンチのあるものを望んでいます。
そこで「タイトモード」を追加し、それをデフォルトモードとして設定しました(高周波は影響を受けません)。
クラシックなローエンドサウンドをお好みの場合は、「レガシーモード」を選択してください。
1.6 アップデートでは、低ゲイン (約 1dB 未満) での音質を改善するために「アダプティブ ノイズ シェーピング」を追加しました。より高いゲインは影響を受けません。
設定の選択肢としては、レガシー、タイト、タイト+ノイズシェーピング になります。
レガシーとタイトの違いは僅かですが感じられ、
レガシーは60Hz辺りが少し持ち上がっているように聴こえました。
ダイナミックEQの機能性と操作性
リリースからKirchhoff-EQを使い続けてきた筆者が特におすすめしたいポイントが、ダイナミックEQの機能性と操作性です。
よく比較対象になるFabfilter Pro-Q3や、iZotope Ozone、Waves F6など有名どころと比べてもダイナミックEQの使いやすさはKirchhoff-EQが一歩上と個人的に感じます。
理由としては、とにかく設定を作りやすい点です。
例えばピークカットを複数作りたいとき、他プラグインでは一つずつポイントを作って設定して、という流れですが、Kirchhoff-EQはポイントを複数作ったら一括選択、一括設定ができます。
特にダイナミックEQの場合、広い範囲に細かくポイントを作って自動EQ的な動きを作りたいことも多いのですが、一括設定があると簡単に作成できますし、バンド数も32あるので不足しません。
一括設定で自動EQ的な動作も簡単に作れる
設定可能な項目も画面上に全て見えていて、右クリックやショートカットを使わずに設定できるので、操作を覚える必要もありません。
ダイナミックモードを有効にする「D」ボタンをクリックすると色々な項目が出てくるので最初は混乱するかもしれませんが、使ってみるとかなりスムーズに操作できることが分かると思います。
ダイナミックEQのAttack/Release、動作の機敏さを調整するRatioといった必要十分な機能に加え、動作のトリガーとなる帯域を任意に変更するDetect/Relativeといった珍しい機能も搭載しており、操作性と機能性においては、まさに隙のないスペックになっています。
また、肝心の音質も非常にクリアでほとんど濁りません。
技術的には『Harmonic Shifted Envelope』により、通常ダイナミックEQ使用時に発生する奇数倍音を偶数倍音にシフトさせることで低ノイズを実現しているとのことです。
筆者自身、このダイナミックEQの品質に何度も助けられたので今では手放せない製品です。
その他機能
上記で紹介した以外にも様々な機能があるので一部紹介します。
- バンドリスト表示切替(設定の一覧表示)
- Spectrum Grab(アナライザ上のピークをクリックでポイント追加)
- ピアノロールディスプレイ
- フレキシブルな画面リサイズ
- Undo/redo、A/B switch、Initialize
- カスタムGUI(テーマ選択、色合い調整)
- スペクトラム設定(解像度、スピード、Tiltなど)
また、リリース当初は動作の安定性に難ありとの声も一部ありましたが、アップデートを重ねた現在は非常に安定してますし、CPU効率も向上しています。
文字が小さく潰れていた点もユーザからの指摘で改善するなど、積極的にアップデートが行われるところも好印象です。
CPU負荷
設定バンド数によって負荷が変わるのですが、デフォルトの状態でバンドを5つ設定した時のCPU使用率は1〜2%ほどで、かなり軽い部類だと思います。
位相モードによってレイテンシーは変わるのですが、Minimumはゼロレイテンシー、Analogモードは上記設定で63sample、以下Mixモード 255sample、Linear Lowモード 2047sample でした。
位相モードによるCPU負荷の差は少ないように見えました。
117bitモードやオーバーサンプリングのONでCPU負荷が上がります。
オーバーサンプリングは2倍ですが、CPU負荷は3倍ぐらいに上がってるように見え、117bitモードはそれほど負荷は上がりませんでした。
OS : macOS Sonoma 14.1
CPU : Mac M2 12コア
メモリ : 64GB
DAW : Cubase Pro 12
バッファサイズ : 2048samples
サンプリングレート : 48kHz
ビット解像度 : 32bit float
オーディオIF : Prism Sound Lyra1
まとめ
リリース当初から音質や機能性は高く評価されていて、問題があった安定性もアプデで改善され、今や”無敵感”のあるEQプラグインだと思います。
デジタルEQのファーストチョイスとして申し分ないスペックなのでメイン使用のEQを探している方は是非ご検討ください。
唯一、定価が当初より上がってしまっているのがデメリットと言えますが、売れ筋でセールも頻繁に行われているので、購入タイミングも難しくありません。
最後に、もしリリース当初に購入されてアップデートしていない方は、現行バージョンがPlugin Allianceから出ているのでそちらから無料でアップデートいただけます。
国内代理店のSONIC WIREでも案内されているので、詳しくはそちらをご参照ください。