Kirchhoff-EQで一躍脚光を浴びたThree-Body Technologyから『Cenozoix Compressor』がリリースされました。
恐竜絶滅後の新生代を意味する「Cenozoic」から名付けられた本製品は、デジタルコンプを新定義し、その頂点を担おうというコンセプトがひしひしと伝わりますし、その名称に相応しく、非常に完成度の高い製品に仕上がっていると感じました。
既に各所で好評の本製品ですが、概要と注目機能や使い勝手など筆者の目線でレビューしていきたいと思います。
Cenozoix Compressor
主な機能
Cenozoix Compressor の主な特徴は以下のとおり。
- ADAA技術による歪みの無い音質
- 12種類のヴィンテージスタイルと12種類のモダンスタイル
- 柔軟なアタックコントロールと、トランジェントシェーピング
- 高度なリリースコントロール
- Peak / RMS、Feed-forward / Feedback のカスタマイズ
- 倍音の奇数/偶数コントロール
- 直感的なコントロールとカスタマイズ可能なUI
などなど、デジタルコンプとしては正に『全部乗せ』な内容であり、加えて既存製品にはなかった機能も多く含まれています。
ADAA(Anti-Derivative Anti-Aliasing)による超低ノイズサウンド
Cenozoix Compressor の数ある機能の中でも最初に注目するべきは、ADAA(アンチ-デリバティブ アンチエイリアシング)技術を採用したことといえます。
エイリアスノイズ(折り返しノイズ)とは、信号の周波数が”設定サンプルレートがサポートする最大周波数”(48kHzなら24kHz)を超えた時に、数kHzの可聴域まで折り返してノイズが生じる現象で、倍音を意図的に生成するタイプのエフェクトを使うと必ず発生してしまいます。
コンプレッサーも高周波倍音を発生させるエフェクトなのでエイリアスノイズの影響は避けられず、従来はオーバーサンプリングを使ってある程度対処していましたが、次はCPU負荷の問題が出てきます。
ところがADAAを採用すると、オーバーサンプリングを使用せずともエイリアスノイズを軽減させることが可能とのことで、Cenozoix Compressor はADAAにより音質とCPU負荷の両方を改善することができており、サウンドも一聴して分かるぐらい非常にクリアになっています。
クリアさが特徴のデジタルコンプはこれまでにもありましたが、Cenozoix Compressor はよりソリッドでスッキリしたサウンドに感じます。
そしてサウンドの透明度だけで終わらないのがCenozoix Compressorです。
本製品は多くのヴィンテージスタイルを選べるので透明度はそのままに、ヴィンテージライクなサウンドも扱うことができます。
12種類のヴィンテージスタイルと12種類のモダンスタイル
Cenozoix Compressor に搭載された12種類のヴィンテージスタイルは傾向をうまく演出できているように感じました。
Brit VCAのキュッと詰まった感じ、US VCAのパワフルなアタック感、Virtual-Muのシルキーさなど、他メーカーのアナログモデリングを使う時と、そう遠くない感覚で使えます。
ヴィンテージスタイルでも後述するClamp、De-Click、Punch / PumpといったCenozoix Compressor 特有のパラメータを調整できるので、従来のモデリングタイプでは出来なかった、もしくは多段処理で解決していたことが一つのコンプでできるようになっています。
モダンスタイルの12種類も、しっかり質感が変わってくれるのでスタイルを切り替えるだけでも変化を楽しめます。
名称的にVocal、Drum、Pluck など楽器毎に最適化された挙動になっているようですが、質感が違うので名称はそこまで気にしなくていいかもしれません。
各スタイルの詳細は、SonicWireのサイトにも記載があるのでご参考まで。
(https://sonicwire.com/product/C4384)
ユニークで柔軟なパラメータ類
クリアなサウンドに24種類のスタイルだけでも十分高性能ですが、Cenozoix Compressor には動作やサウンドを柔軟に変化させるパラメータが数多く搭載されています。
Peak / RMS:検出モードを%で調整可能。ピーク寄りだと速いトランジェントを捉えやすく、RMS寄りだと自然なアタックリリース挙動になる。
FF / FB:フィードフォワード、フィードバックを%で調整可能。FFはキビキビした現代的なコンプ挙動、FBは古典的な自然なアタック感を得れる。
Odd / Even:倍音構成を奇数次(0%)から偶数次(100%)まで調整可能。偶数次倍音を増やすほど真空管コンプレッサーを彷彿とさせる暖かい音になる。
FF/FBはスイッチ方式だとよく見ますが、%で調整できるのは珍しいですね。
倍音構成の調整は筆者はほとんど見たことがなく、非常にユニークな機能だと思います。
さらに、個人的におすすめのパラメータがこちら。
Clamp:通常のコンプ設定において、アタックタイムが速いと人工的なサウンドになり、アタックタイムが遅いとトランジェントが飛び出てしまう問題に悩まされるが、Clampを使用すると飛び出たトランジェントにリダクションを掛けられる。アタックタイムを速くしたときよりも自然で、イメージとしてはクリーンなリミッターでリダクションさせたような音になります。
De-Click:主にドラムやパーカッションに使用するもので、通常のコンプでは捉えきれない高速トランジェントを捉えピークレベルを軽減することが可能。ClampとDe-Clickは、従来であれば多段処理で解決していた効果なので、一つのプラグインで行えるのは革新的といえます。
Punch / Pump:アタック成分を残してパンチ感を得るPunchと、逆に深くリダクションさせてポンピングを得るPumpを調整。Pumpに振るとオールドな質感になるイメージ。
Sensitive:トランジェントに合わせて、リリースタイムを設定範囲内で自動調整。設定した比率が大きいほどリリースの適応範囲が広くなり、2mixなど複雑な素材で自然なコンプレッションを得れる。
Tight:低い音域を検出すると、自動的にアタック/リリースを調整。プラス方向だと低域のトランジェントに素早く反応し、マイナス方向だとアタック/リリースを長くして低域の歪みを軽減。
上記のようなユニークな機能のほか、サイドチェインやMSモード、Lookahead、Knee、オートゲインなどデジタルコンプとして必要な機能は網羅しています。
注意点
現行のデジタルコンプとしては最高水準の機能が備わっている本製品ですが、注意したい点もあります。
超クリーンなサウンドが最大の特徴であると同時に、アナログ特有のザラつきや汚れた感じは若干作りにくさがあります。
スタイル切り替えだけではモデリング元とあまり似ないなと感じた場合に、FF/FB、Odd/Even、Punch/Pumpなど各パラメータを調整すると近づいたりするので、求める質感がどの要素か判断が必要という意味では、上級者向けのプラグインといえます。
また、Ver1.0時点ではオーバーサンプリング使用時にバグが見つかっていますので、オーバーサンプリングで使用予定の方は注意が必要です。
※追記 2024/2/21のアップデートver1.0.1 によりバグフィックス済
TBT社はKirchhoff-EQでもユーザ意見を積極的に取り入れて多くのアップデートを実施していたので、本製品でも頻繁なアップデートによる改善が期待できます。
CPU負荷
1個インサート時のCubase負荷は5〜8%程度で、レイテンシーは4sample(0.1ms)でした。コンプ単体と考えると軽くはなく、中程度の重さといえます。同社Kirchhoff-EQの約2倍ほどの負荷状況でした。
- OS : macOS Sonoma 14.1
- CPU : Mac M2 12コア
- メモリ : 64GB
- DAW : Cubase Pro 12
- バッファサイズ : 2048samples
- サンプリングレート : 48kHz
- ビット解像度 : 32bit float
- オーディオIF : Prism Sound Lyra1
まとめ
いままで複数のコンプやウェーブシェイパーで処理していた内容がこれ一つで完結できるぐらいに自由度が高く多機能なので、慣れないとどこを触ればいいか分からないと感じるかもしれませんが、シンプルに音が良いので、まずは触ってほしい製品です。
既存のアナログモデリングだとノイズ成分が増えて綺麗な音にならない、といった場面でもCenozoix Compressor であれば解決できるかもしません。
デジタルコンプの新時代を担うに相応しい渾身の製品だと思います。