ユーロビートに特化した音源SOLVEや、シンセヒット・スタブ特化のCoup d’Etatなどをリリースする国産デベロッパーIntelligent Wireのインタビューです。
Computer Music Japan Storeの取り扱い音源第一弾としてご協力頂いています。
今回は、ユニークであり拘り抜いた音源ライブラリについて、サンプルの作成の仕方、音作りのアイデアなど、音源製作者でなければ分からないであろう、非常に濃い部分を、Intelligent Wireの中の人であるDebug Mode氏(@debugmode_jpn)に、存分に語って頂きました。
- 1 INTELLIGENT WIRE
Intelligent Wireとして音源ライブラリを製作するきっかけを教えてください。
はい、キッカケとなった理由はシンプルで「必要以上に音色を作りすぎた」という経緯があります。
そのような理由から
- SOLVE(ユーロビート用シンセリード・ブラス音源)
- Coup d’Etat(シンセヒット・スタブ音源)
といった製品が完成するまでの流れを、お話していこうと思います。
2011年頃からユーロビート制作にチャレンジし、楽曲のクオリティアップに難航していました。
いくつかのクラブサウンド制作を通ってきたつもりでしたが、それまでに身につけたテクニックや使用してきた素材はユーロビート制作に「そのまま通用する」部分がほとんどなかったからです。
『ユーロビート固有の質感・バランス』に相応しいサウンドメイキングがキック・ベース・ギター・スネアなど、ひとつひとつの要素で必要となるので改めて、それぞれのポイントを理解していかないと「グルーヴが弱い、スカスカしてる」といった不満が出てくるところです。
そういった洗礼を受けながらも、シンセリード・ブラスの音色制作は特別に上手く行ってたためほかの作業が捗らないときは『リード・ブラス制作』に逃げてたフシがありまして…そのようなプリセットが増えるばかりでした。
ある時期、スキルアップのためにユーロビート以外も含めて様々な音色の製法を試行錯誤していたのですが、作り溜めてあったシンセリード・ブラス音色を弄っていると「ここからシンセヒット的な音色が作れそうだ」と感じ、興味が『シンセヒット・スタブ』へと、広義でいうところの『オケヒ』に移り始めます。
このあたりで「ユーロビートの作曲」という目的からは大分離れてしまったようです…。
Dabug Mode氏のワークデスク
さて、ここからオケヒの話に移ります。
どの機材・サンプリングCDに『使えるオケヒ』が含まれているのか?
あのオケヒは、どの楽曲からサンプリングされたものか?
と言ったような、よくあるオケヒの話題があります。
ポップスで使われる定番のオケヒから、ジュリアナサウンドでお馴染みのモノなどが話の対象ですが、そういった音色のほとんどは、ずいぶん過去に制作されたモノであり、遥かに便利な現代の環境で、なかなか新しいモノが出てこないことに長らく退屈を感じていました。
そんな中で、手持ちのユーロ系プリセットから「それらしい雰囲気」に届きそうな手応えを得たため「過去を踏襲しつつ、現代風の新鮮なヒット・スタブ音色を生み出そう」というモチベーションが完成しました。
実際に音源を制作しようと考え始めたのは、2016年頃となり2018年末頃にシンセヒット・スタブ音源『Coup d’Etat』をリリースしました。
Coup d’Etatは、音色制作の難度が高かったことから開発期間が伸びてしまい、先行してユーロビート音源『SOLVE』を同年7月にリリースしています。
このような経緯ですので、最初から「良いもの、凄いものを作ろう」といったような強い気持ちはなく、なんとなく積み重ねたモノで遊びつつ、関心が向く方向へ流れていった結果「自分が欲しいと思うものを完成させたくなった」という感じです。
ズバリ、一番オススメの製品はどれでしょうか?
SOLVEですね。
音源製作で苦労された点、工夫された点、心掛けている点などを教えてください。
【 工夫したこと・心がけていること 】
「触って楽しい」と感じる「おもちゃとしての一面」を大事にしています。
基本的に、楽曲制作に長期的に貢献できる製品が『良い製品』と考えていますが「学べることがある・遊べる」という可能性を持つことも大事だと思います。
作曲中についつい遊んでしまうような音源が理想ですね。
【 苦労した点・GUI編 】
< SOLVE >
自分は『GUI制作未経験、デザインは素人趣味レベル』からのスタートであり、SOLVEでは開発期間の半分くらいが、GUIの試行錯誤となってしまいました。
音源部分は早くに実用レベルに達していたのですが、初の音源制作ということもあり見栄えと操作性の面で、最低限納得のいくクオリティを目指しました。
中でもボタンUIなどのアイコン制作が難しかったですね、どのような形が正解か全くイメージが沸かないんです。
< PION >
PIONのGUI制作は、製品規模が小さいわりに手強かったです。
PIONは建前として『BOUNCE ANIMATION SE』としていますが、建前はどこへやらSNSなどでは『おっぱいアニメーション効果音』と正直に謳っています。
そんなコンセプトなので、GUIは『女性のバスト・ブラジャーを彷彿とさせるセクシーなデザイン』が理想でした。
そんなわけで
- 女性用高級下着ブランドを研究
- レースの編み物・その歴史について学習
といった情報収集で迷走していました。
洗練されたデザインのブラジャーが見つかると「どうしてもこのブラジャーのような、エレガントでホットなGUIにしたい!!」となってくるんですね。
というかブラジャーが欲しくなってきます、ほんとに。手に取って造形を観察したくなるんです。
さて、理想のブラジャーを反映するクオリティを追ってはGUIの完成が遠のくばかりなので、GUI全体として「シャワールームの雰囲気」「コスメの雰囲気」を散りばめ、全体的にセクシー感?を加えたことで、満足することになりました。
【 苦労した点・サンプル制作編 】
< PION >
SEのバリエーション研究のため、様々なアニメを参考にしています。
その結果、以下のような傾向が掴めてきました。
A. 一般的な「ちょっとエッチな作品」では、シンセSEの傾向
B. 普通のアダルト作品では、生音系SEの傾向
よって、Aの方向でSEの量産を始めたのですが「似た音のバリエーションを作り続ける作業…発想がマンネリしていくだろう…なにか方法を考えなければ…。」といった悩みが出てきました。
…ということで『AVを低速再生しながら、諸々の振る舞いにSEをつけてみる』ことにしました。
慣れるとコツが掴めるようで「こう揺れて下がって、こう跳ね上がって…こうや!!」と脳内完結できるようになってしまいました。
< SOLVE >
SOLVEのサンプル制作は、印象に残る苦労はなかったと思います。
音色バリエーションにて「似たような音色ばかりでは」という懸念はありましたが似た音色であっても、
- 曲に馴染む、馴染まないの差が無視できないこと
- 複数音色をレイヤーする場合には、小さな差が活きてくる
という経験則に基づき、そういった自分の価値観は「ユーロビートを作曲する人には伝わるだろう。」と考え、あまり気にせず量産しました。
< Coup d’Etat >
全くどうかと思うほど大変でした。
前提として販売目的であるため、制作にあたっては「他社製品を素材として使用できない」「楽曲からのサンプリング不可」としています。
とはいえ、最初から自前の素材やシンセでどうにか進むものでもないため、まずは練習として他社製品や楽曲からのサンプリングを組むことで、オケヒの骨格を研究し、技術力向上の試行錯誤からスタートしました。
「オケヒのように聴こえるアンサンブルの各成分を見極める」
「キャラを決定する特徴的な成分は何か?それをシンセで再現するにはどうすべきか?」
といった課題が最初のハードルです。
研究が進むほど「スタジオで様々な楽器をレコーディングして素材にする。」といった手法は現実的ではない事が分かってきました(元より、その規模で行うつもりはなかったのですが)。
豊富な録音物を素材とする場合、ワンショットを作るための手段は広いですが全音階ぶんのワンショットを作成する目的では、不安定な部分が多いことが理由です。
これにより「音の安定性のためには各成分をシンセで再現する」という目的が更に強くなりました。
ここから「どのシンセが、どういった質感に、どういった作業に適しているか?」と精査し、必要な素材を量産していくことになります。
- ティンパニ、ピッコロ、ブラス、クワイア、リードギターなどをシンセで代替したもの
- ユーロ系のシンセリード
- スパソ・Dist・コード・オルガンなど、各種シンセリード
- 金属系ノイズ
- キック、ベース
などなどを量産し、アタック要素(キックやノイズ)でない音色は、すべて全音階サンプリングしオーディオにします。
オケヒ製作では『オーディオ化されたシンセ音を2オクターブ上げる』といった事もするため、その場合、原音は4倍速再生となり25%の長さしか使用できなくなります。
素材として「実際にどれだけの長さを必要とするか不明」なので長めに録音することになり、データ量は700GBほどにもなりました。
バウンスした素材をトリミングする様子。キーごとにフォルダ分け→リネームする準備段階
オーディオ化する目的は色々あるのですが、ザックリ言えば「サンプラーで音程変化させたオーディオ同士を混ぜると良い感じのアンサンブルになる。」という判断によるものです。
こうして制作用ライブラリを作成し下準備が整いました。
あとはひたすら、ヒット、スタブな音色を制作していきます。
「如何にそれらしい質感に近づけるか?」という試行錯誤では、変なテクニックが幾つも産まれてくるようです。
- 完成した音色にリバーブを掛け、リバーブ成分のみサンプリング、別の音色にレイヤー
- ユニゾン・コーラスは、元々ある機能やFXを使用せず、人力で音程や定位を調整
- ギターテイストが目的でアンシミュを使用する場合、ケミカル感を出すためにキャビネットをバイパス
などなどです。
ひとつの音色を作るのに早くて3時間、平均5~8時間くらいだったと思います。
良い音が出来ると嬉しいのですが、既に完成させた音色の劣化版と思える結果も多く、特に『キャラの濃い音色』がひとつ完成する度に、バリエーションを生み出す難度が上がっていくのを感じました。
濃い音が出来る → 引き出しが減る → 似通ってくる、という流れです。
そのため、8時間かけてボツということも多々ありました。
また、音色制作用のVEPプロジェクトが重いため、プロジェクト切り替えに数分待ったりCPUも常に悲鳴を上げている状態です。(Kontaktでオーディオの極端な高速再生は負荷が高いんです)
「これって楽曲制作と変わらないじゃん!!」と思いました。
どうやらオケヒは、音色というより「短い曲」と言えるかもしれません。
「オケヒは曲」というわけで突然ですが、ここらでちょっとしたアイデアを紹介したいと思います。
自分の過去楽曲から『使えるワンショット』を作り出す方法です。
音色が複雑に重なった部分は、ヒット音色として再利用できる事が多いです。
効率的に探す方法は以下になります。
- Kontaktに楽曲をロード
- KontaktのモードをDFDからSamplerに変更
- WaveEditorで再生開始箇所を変えながら、適当に鍵盤を押してカッコイイ場所を探す
- カッコイイ場所を見つけたら、楽曲のプロジェクトを開く
- 音量調整、余計な音の削除など編集してサンプリング
- サンプリングしたオーディオをEQ補正(高域強化など)してリサンプリング
よかったらやってみてください。
ちなみにオケヒがたくさん入っている機材でおすすめはありますか?また、好きなオケヒはありますか?
好きなオケヒは、SR-JV80-06に収録されている一番硬いものですね(プリセット名は忘れました)。
オケヒがたくさん入っている機材と言えば、定番ですがXV-5080のダンス系の拡張ボード(SRXシリーズ)になるでしょうか。
INTEGRA-7ではそれらも含まれていますね。
まだあまりオケヒを持っていない方であれば、Roland Cloudで調べてみると良いかも知れません。
またソフトウェアだと見落としがちですが、STYLUSにはヒット音色がそこそこ含まれていますね。
使い所が難しい音色もありますが、他のヒット系音色とレイヤーするなり使い道があると思います。
サンプリングCDとなると、入手困難・不可なものばかりになるのですが、例えばSPECTRASONICSのDistorted Realityは、クオリティの高い音色がいくつか揃っています。
サンプリングCDの場合、収録量ではBest ServiceのDAMCE MEGAシリーズが圧倒的で、90年代後半のBest Service製品におけるXXL THE KILLERシリーズ、XXL EXTREMEシリーズ、XXL CLUB EDITIONシリーズ、Housemasterなどはシンセヒットが山程入っており、ひと通りそろえると数千サンプルにもなるため、良い音を探すのがとても面倒です。
そんなBest Service製品については、ドイツ版サウ○ドハウスとも言えそうなMusikhaus KORNにて、現在も購入可能なものがいくつかあります。
在庫を抱えているのか、長年に渡りレアモノを¥1,000ほどで投げ売りしています。
Musikhaus KORN ➡︎ https://www.musikhaus-korn.de/en/samples-and-sounds/cd/1030
(現在は不明ですが、海外配送は行っていないと思うので購入には、転送業者を経由する必要があるかもしれません。)
余談ですが、オケヒといえばサンプリングの話は欠かせないですね。
楽曲からサンプリングした素材の使用については権利問題も絡むので、参考程度にお読みいただければと思います。
ヒット音色を求めて、楽曲からサンプリングできる部分を探すのはとても手間がかかります。
曲中からカッコよい部分を探すことに意識が向きがちですが、それでは収集が非効率なため質より量とすべく、まずは多くの楽曲に共通する『サンプリングしやすい部分』をピックアップするのが得策であり、注目するべきは楽曲のアウトロ最後尾部分になります。
傾向として、ビッグバンド、ユーロビート、メタル、ダンス系アニソン、クラシックなどは楽曲の最後に「ジャン!!」と終わらせる曲が見つけやすいため、この部分をサンプリングするとオケヒの出来上がりです。
テープストップFXをかけて、強制的にfallな形にしても引き締まったりします。
楽曲のアウトロ収集においては、アプリやプログラミング(Soxなど)により、オーディオファイルに対して『ラスト10秒から楽曲を連続再生』『楽曲のラスト10秒のみをファイル出力』のような作業が可能なら捗るところですね。
自力でオケヒを作成する場合などにも、このように多くのモデルを揃えることで「どのように、各パートのアタックをずらせばカッコよく鳴るか?」など、様々なヒントが見えて来ると思います。
正解は色々だと思いますが「キックよりギターをごく僅かに早く鳴らす」など、打ち込みにも応用できる視点かと思います。
音源製作にはどのような機材を使用しているのでしょうか?
ソフト主体です。
VIENNA ENSEMBLE PRO, NI KORE2 といったVSTホスト機能を持つソフトを使用し目的に応じて、複数のプラグインをモジュラー的に連結したものを、ひとつのプリセットとして管理し、様々な音色制作に向けて効率的に運用しやすいシステムで取り組んでいます。
主な使用音源
SOLVE
- Serum
- Massive
- Sylenth1
- Harmor
- LuSH101
- Alchemy
- Halion
- Icarus
Coup d’Etat
- SOLVE(自作音源)
- Serum
- Massive
- Sylenth1
- PREDATOR
- Harmor
- LuSH101
- Alchemy
- Halion
- Icarus
- MorphoX
- FM8
- Reaktor Prism
- ElectraX
- RAYBLASTER
- SPIRE
- Z3ta+2
- びっくりチキン
PION
- Avenger
- Halion
- Serum
- 口琴
さすがにたくさんシンセをご使用ですね。お気に入りのシンセは?
SERUM
表現力が広いため、求めるサウンドテイストに近づくのは簡単ですが、上辺だけでなく芯のある音を作るには様々なアイデアが必要となります。
数々のアイデアを受け入れてくれる設計のため、今でも年に2回は驚いています。
開発者のキャリアを見ると、過去にはNine Inch Nailsのエンジニアだったりと納得な事が多いです。
HARMOR
作曲ではほぼ使用しないのですが、リシンセサイズ・Additiveシンセシス機能と、それに関するUIの設計にて
SERUMとは異なった視点で音の仕組みなどに気づけたことがあり、色々と恩があるシンセです。
HALion
ウェーブテーブルシンセの機能が強いと思います。
クラブサウンド系の派手な音色制作にはあまり向いていないと思いますが、波形のモーフィングを活かしたシンプルな音色制作においては、同タイプのシンセの中でも特別に柔軟性が高いと思います。
今後のリリース予定などはありますか?
現在はJUCEを使用してVSTシンセの開発に取り組んでいます。
詳細は今後少しづつ出して行こうと思いますが、シンプルで特化型のシンセになると思います。
開発過程が険しいので、リリースに漕ぎ着けることを祈っている毎日です。
ユーザーに向けてコメントをお願いします。
基本的に開発者というよりDTMerですので、近い立場の距離感でお話などできたらと思います。
ユーロビートであってもなくても、SOLVEなどが使用された楽曲に興味がありますので、差し支えなければ、DMなどで「こんな曲作ってます」みたいなご連絡がいただけるとありがたいです。
INTELLIGENT WIRE
INTELLIGENY WIRE公式サイト➡︎http://intelligentwire.jp/
Debug Mode氏Twitterアカウント➡︎(@debugmode_jpn)
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