大人気レースゲームシリーズ、湾岸ミッドナイトマキシマムチューン6RR(以下湾岸6RR)がリリースされました。
今回はエクステンドバージョンということで、既存の楽曲に加えて新たに5曲が追加。
YouTubeなどを中心にネットのアンダーグラウンドで流行している、フューチャーファンクや最新の音楽トレンドを取り入れたジャンルまでを網羅した、いずれもかなり意欲的な楽曲ばかりです。
その内容があまりにもチャレンジングなので、じっくりお話をお伺いしました。
作編曲を担当されたのはもちろんこの方、シリーズすべての楽曲を手がける古代祐三氏(@yuzokoshiro)と、レコーディング、ミキシング、筐体用マスタリングを手がけたquad氏(@quad_luvtrax)のお二人へのインタビューです。
前編はこちら➡︎湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RR楽曲制作インタビュー(前編)
今回は、使用した機材の話題を中心お送りする後編です。
また、記事の最後には古代氏のご厚意により、Starry Nightのラフミックスと完成後のファイナルミックスの比較動画を特別に掲載しております。
是非最後まで読んでみてください。
- 1 湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RR楽曲制作インタビュー(後編)
- 1.1 Twitterで拝見しましたが、エントリー曲で、KORG opsixをPadとベル系に使用されたとのことでした。今回は、ハードウェア中心での制作でしょうか?
- 1.2 SynthWaveのライブラリをご使用されたのですか?
- 1.3 なんかわかる気がします!
- 1.4 湾岸のファンって音楽への愛がすごいなと感じますね。
- 1.5 Twitterでハードウェアを大量にレンタルされた投稿をお見かけしましたがあれは?
- 1.6 普通はサンプルですよね(笑)
- 1.7 サンプルではダメなんですかね?
- 1.8 すごい拘りですよね!
- 1.9 確かに当時の質感、ダンスミュージックなのに奥行きのあるサウンドに仕上がっていると思います。
- 1.10 プラグインのお話に戻るのですが、Sylenth1からSpireシフトして、負荷などは気にならなかったですか?
- 1.11 他媒体で拝見しましたが、Sonic Academy KICK 2をかなり使われたんですよね。
- 1.12 MassiveとSylehth1が、世界で一番プリセットが多いんじゃないかと言われていますね。
- 1.13 見えないですよね笑
- 1.14 SpireはV1.5になってブラウザが新しくなって使いやすくなりましたね。インターフェイスの構造も音作りもしやすい設計ですし。
- 1.15 確かにspotifyなどでも、バランスよく再生されていますよね。
- 1.16 昔のPCM音源の音作りテクニックっぽいですね。
- 1.17 Starry Night Future Funk リミックスバージョン使用プラグイン
- 1.18 湾岸6RRはいつにも増して音が良いように感じだのですが、何か工夫はされたのでしょうか?
- 1.19 様々なエッセンスが合わさった結果良い音につながったと。
- 1.20 それはすごいですね…!
- 1.21 あくまで当時の状態を再現したと。
- 1.22 僕もですが、それを聴いて育ってないですもんね(笑)
- 1.23 でも、その31回あったからこそ生まれたんですよね。
- 1.24 素材が良ければそのあとがすべて決まると。
- 2 さいごに
- 3 湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RRサウンドトラック
- 4 湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RRキャスト
- 5 古代祐三
- 6 quad
湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RR楽曲制作インタビュー(後編)
Twitterで拝見しましたが、エントリー曲で、KORG opsixをPadとベル系に使用されたとのことでした。今回は、ハードウェア中心での制作でしょうか?
opsixはゲーム系FM音源特有のギラギラ感よりはもう少しニュートラルな音をしています。一例ですが、最近稼働しました湾岸6RRのエントリー曲ではこのようにPadとベル系に使っています。緑色のトラックがopsixです。(突然大音量になりますので視聴ご注意ください) pic.twitter.com/0UjJy3KPUK
— Yuzo Koshiro (@yuzokoshiro) November 30, 2021
古代氏:エントリー曲のハードウェアはopsixだけですね。あとはソフトウェアです。
湾岸シリーズって、メインとなっているシンセの移り変わりがあるんですよ。
湾岸2は、Z3TA+が出発点だったんです。あの頃はトランスっぽい音が出るのがZtaくらいしかなくて。
湾岸4になってSylenth1になるんです。
湾岸5からSylenth1とSpireを使って、それから湾岸6ではSpireが半分くらいになりました。
そこからNexusを使うようになって、湾岸6RRのエントリー曲とSynthWaveの曲は、ほぼNexusです。
SynthWaveのライブラリをご使用されたのですか?
古代氏:そうです。ライブラリを購入して、まず屋台骨を作って、枠組みを作って、ところどころにハードシンセを使用したり、別のソフトシンセを使ったりしましたね。
2曲目のミッドナイトウェーブは、最初Spireで作ってて、湾岸6みたいなサウンドにしようと思ってたんですけど「変えてください」って言われて(笑)これだけNGが出たんですよ。
「曲調は良いんだけど、音が今までの感じだから変えて欲しい」ということだったんです。
こういうジャンルって音変えたら方向性変わっちゃうよね…って。で、どうせ変えるのならSynthWaveにしようと。
こういう時、パッとクライアントにデモを出したい時に、ダンス系はNexusがバッチリ効いてきます。目的の音が入ってますからね。
それで、枠組みを作って聴いてもらったら「ああ、これOKです」となって「よっしゃ!」って(笑)
若干、頭の中で、TMNを意識しているんですよ。
なんかわかる気がします!
古代氏:シンセの音の感じとか、当時小室さん(@tetsuyakomurotk)が使っていたようなシンセなどを頭の片隅に置いて意識してましたね。
quad氏:興味深いのはそれがちゃんとリスナーまで伝わっているところですね。
湾岸のファンって音楽への愛がすごいなと感じますね。
古代氏:クラブミュージック好きが多いと思います。
Twitterでハードウェアを大量にレンタルされた投稿をお見かけしましたがあれは?
古代氏:あれは湾岸6ですね。ユーロビート曲(Love & Gold)を作った時に、80年代当時の機材をたくさん借りてサウンドに拘って作りました。
quad氏:ユーロビート定番のリズムマシン、サンプラー、シーケンサーで構成されるワークステーションのLINN9000をリペアしてもらったものを借りました。
古代氏:LINN9000の実機使ってゲームミュージック作ってる人いないと思います(笑)
quad氏:多分いないと思います。実際の制作では、日本に稼働するLINN9000があるのかということを調べるところからでしたね。
古代さんが公開した湾岸マキシ6の「Love And Gold」のFinalmix動画で当時の事を思い出したので補足です。この曲のメインのリズムマシンはユーロビートでおなじみのLINN9000ですが、OB DX(正確にはStrech DX)のキック、スネア等も録音して、比較した結果LINN9000になりました。 #WMMT6 #湾岸マキシ
— quad (@quad_luvtrax) October 24, 2018
普通はサンプルですよね(笑)
quad氏:ソフトウェアではないので、全てのシンセ、リズムマシンを録音するために何回もダビングしていましたね。
サンプルではダメなんですかね?
古代氏:唯一、ブラスヒットにUVIのものを使いました。あと、Simmonsのタムですね。ソフトはそれだけです。
VFXは実機を使いたかったんですが、間に合わずにそのままサンプルを使いました。それ以外はすべてハードシンセですね。
すごい拘りですよね!
quad氏:
他には、Oberheim DX(正確にはStrech DX)も借りました。
当時の日本のリズムマシンYMAHAのRXやTR-626では出ない、野太い質感が欲しいということだったので、DX(Strech DX)とLINN9000は借りましたね。
Roland MKS-80やJP-8000などのシンセは古代さんが元々お持ちだったので、リズムマシンのみレンタルでした。
確かに当時の質感、ダンスミュージックなのに奥行きのあるサウンドに仕上がっていると思います。
古代氏:もうひとつポイントがあって、あの曲だけミックスを、寺田康彦さん(@teruteruborn)にお願いしているんです。なのでより本格的になっています。
寺田康彦氏は、当時「THAT’S EUROBEAT」(ユーロビート系の曲を多く収録していたコンピレーション・アルバム)のマスタリングを担当されていた。
quad氏;Love & Goldがユーザーにすごい刺さったんですよ。
そのあたりから、リスナーの意識が「古代さんが変わってきているんじゃないか?」と認識し始めたと思うんです。
ですので、今回の湾岸6RRで、完全に”今のジャンル”に寄せてきてるというのは「古代さんがリスナーの求めるサウンドを的確に作り出している」というところでも、リスナーの皆さんも驚きだったと思いますし、好意的に受け止められたのではないかな、と思います。
リスナーの音楽的な知識なども相当深くなっていますし、ある意味要求が高くなってきているな、と再認識したタイトルではありますね。
プラグインのお話に戻るのですが、Sylenth1からSpireシフトして、負荷などは気にならなかったですか?
古代氏:もともとトラック数が多いジャンルではないんですよ。多くてもシンセ部分は10トラックくらいなので大丈夫でした。重かったらすぐレンダリングするので、気にならないですね。
他媒体で拝見しましたが、Sonic Academy KICK 2をかなり使われたんですよね。
古代氏:KICK 2のプリセットで大枠を決めて、そこからBPMに合わせてリリースなどをエディットしてます。KICK 2が一番音が「バーン!」って出るんですよ。
あとはジャンルによってサンプルに変えたりとかはしますね。
Vengeance Metrumもたまに使います。湾岸4までは主流でしたが、湾岸5からKickになりました。
quad氏:湾岸5になった時期辺りで、kick2がリリースされて使い始めています。
古代氏:昔って(ダンスミュージックといえば)Vengeance王国だったじゃないですか(笑)
なので、Vengeanceのサンプルが多かったんですが、湾岸5から方向性をシフトしましたね。
quad氏:言われてみれば、湾岸4まではVengeance、次はNexus初代のライブラリがあったくらいで、現在のように選択肢は多くはありませんでした。
2014年頃くらいから、ソフトシンセもサンプルも選択肢がどんどん増えていったような感じがします。
古代氏:でもやっぱりSylenth1が息長いです。
使いやすさと音の良さと、自分の中ではナンバーワンですね。
Happy Momentのイントロの音もSylenth1です。
quad氏:海外でもSylenth1は息が長くて、現在もプリセットが沢山出ていています。私も好きなソフトシンセですね。
MassiveとSylehth1が、世界で一番プリセットが多いんじゃないかと言われていますね。
忘れてましたけど、Native Instruments Massiveも湾岸5で使っているんです。
ですけど、Spireの方が台頭してきてますね(笑)
quad氏:Spireが優れているのは、プリセットが初めから多く、しかも圧倒的にクラブユースを狙った即戦力の音が入っています。
また、Massiveよりも文字も大きくて、プリセットをライブラリから探しやすいですね。
古代氏:Massiveはプリセットが探しづらいんですよね(笑)
見えないですよね笑
古代氏:見えない!目に優しくない、Massiveは(一同笑
SpireはV1.5になってブラウザが新しくなって使いやすくなりましたね。インターフェイスの構造も音作りもしやすい設計ですし。
古代氏:そうなんです。見やすいんです。
Serumも使いましたけど、そんなにメインではなくて違う音が欲しいなというときにちょっと入れるくらいで。湾岸6までは、メインはSylenth1、Spireで、湾岸6RRではNexusが大活躍しました。
quad氏:Happy Moment作るのに、確かプリセットもNexusのハッピーハードコアのサンプルを買いましたよね。
古代氏:買いました。でも、飛び道具というかエフェクトくらいしか残らなくて。
キックは、quadさんから教えてもらったサンプルを使ったので。あんまりNexus目立ってないですね。
quad氏:Happy Momentの制作時には、ハッピーハードコアや、現在のUKハードコアはどうでしょうか、と提案しましたが、音楽的な部分とは別に、ゲームの雰囲気として軽い感じになってしまうというお話が古代さんからありました。
古代氏:湾岸の原作の世界観って絶対切れないんですよ。頭文字Dとかに比べると重いんですよね。
レースで人生を語る漫画なので、腰を落としておかなければならないんです。
なので、ハッピー系はご法度だったんですけど、今回はすべてチャレンジ枠だったので。
quad氏:案外すんなり受け入れられましたよね。
古代氏:今回からサウンドディレクターさんが変わったので、その影響もあると思います。ほとんど、お任せで、変わってくれさえすれば良いと(笑)
quad氏:リスナーの皆さんが喜んで聞いてくれているのが一番嬉しいですね。
古代氏:全てを網羅できたとは思わないですけど、いい感じにコーナーに全部ハマってくれたなと。
quad氏:みんないい感じに好きな曲がバラけているんですよ。この曲のファンがいる、あの曲のファンがいるといった感じで。
古代さんのメッセージがちゃんと伝わっているんです。古代さんとお話した時に「ここまでハマってるとおっかないね」と仰っていましたね(笑)
確かにspotifyなどでも、バランスよく再生されていますよね。
古代氏:今回は曲数が少なかったのでどうかなと思ってたんですけど、いい感じに好みがバラけてくれてましたね。
Happy Momentでは、はじめKICK2を使っていたんですが、途中で変えたんです。
湾岸シリーズには、いわゆる「音ゲー」とか「東方系」のユーザーが好きそうなジャンルも密かに入れてるんですが、Happy Momentはその系列の曲なんですよね。
で、作っている途中でquadさんに聴いてもらったら「これってロシアンハードベースですよね」って。
2020年にバーバパパ氏がYouTubeに投稿した「ウ”ィ”エ”」。ドンクベースが際立つ中毒性の高いロシアンハードベースで、数千万回再生を誇るブームとなった。
私はロシアンハードベースを知らなくて、quadさんから色々聴かせてもらったところ「ああ、ハードベースの直系なのね」って(笑)
じゃあ、そっちの方向にチューンナップしようと。で、quadさんに「ロシアンハードベースだったらこっちの方が良いですよ」って無料のキックのサンプルを教えてもらったんです。
で、ベースはドンクベースなのでFM音源なんですよ。
FM音源は分かるんですけど、あえて作り方もう一回考え直してみようかなと思って、YouTubeでLOBOTIXさんをたまたま見つけたんです。
LOBOTIXさんは、無料のプラグインでの音作りの解説などを詳しく解説してくれてるんですよ。
よし、真似してみよう!と、動画見ながら音作りして、それを曲に合わせて自分でチューンして使った、という経緯があります。それが結構ハマったんですよね。
シンセは無料のプラグイン「VITAL」を使用しています。
自分でも作れたんですけど、あえて真っ白にしたところからやるのも好きなので。VITALはめちゃくちゃ良いですね。無料で良いの?って思えるほど良くてきてるシンセです。
quad氏:ドンクベースの定番は、ハードシンセならYAMAHA DX27やDX100などの4オペレータのFM音源ですね。
古代氏:そうそう。そっちが定番なんだけど、やっぱり新しい作り方の方が良いんだろうなって。今のリスナーに響くかな?と思ったんですよね。
quad氏:基本的な音作りとしては、プリセットのシロフォンのような音のオクターブをさげていくとベースの音になるんです。
元ネタの使い方がシロフォンのようなプリセットを、低い音で弾いたらベースになったというところが原点で、そこからサンプリングして使ったり、さらに加工したり、別の音色とレイヤーしたりしてバリエーションが増えていった感じです。
昔のPCM音源の音作りテクニックっぽいですね。
古代氏:そういう経緯があってあの楽曲ができたというか。
quad氏:Happy Momentは若いユーザーに人気ですね。
古代氏:今回の曲の中では直球なんですよね。変化球ではなく、アウトコースいっぱいというか(笑)
quad氏:ノリも良いですしね。
Starry Night Future Funk リミックスバージョン使用プラグイン
古代氏より、Starry Night Future Bassリミックスバージョンの、Cubaseエフェクトインサートのスクリーンショットを特別にご提供頂いた。
マスター段のエフェクト構成は、「M’z TapeStop」「Xfer OTT」「Polyverse Wider」などのフリープラグインや、人気プラグインであるFabFilter Pro-Q 3やiZotope Stutter Edit 2などの組み合わせだ。リミッターにはPro-L 2。
QuikQuak Pitchwheelや、Sonalksis Creative Filterなどの渋いプラグインも採用。
トラックには、Nicky Romero Kickstartや、Devious Machines Duckなども確認できる。
湾岸6RRはいつにも増して音が良いように感じだのですが、何か工夫はされたのでしょうか?
古代氏:どこが影響しているか分からないですが、ミックステクニックは私自身がレベルアップしていることがありますね。
配信用は、アーケード用の曲からもう一度、ミックスをやり直しているんですよ。(ボーカル曲以外)
あとはマスタリングで良さを引き出して頂いたというところも大きかったと思います。
今回は自分で試したいことがあったので、マスタリングは得能直也さん(naoyatokunou)にお願いしています。
色々な方々のセンスがブレンドされるというのが良いと思うんです。
引いて見たい、という気持ちがどこかにあって、主観も大事なんですけど、客観性も大事にしたいので。
なので、今後もいろいろな方とのコラボレーションをしていきたいと思っています。
様々なエッセンスが合わさった結果良い音につながったと。
古代氏:Starry Nightに関しては、かつてないほどquadさんにリテイクをだしたんですけど(一同笑)
私が出したっていうよりも、むしろquadさんが「これどうですかね?」っていろんなパターンを出してくれたんですよね。
quad氏:Starry Nightのシティポップバージョンについては、ミックスのバージョン自体が2つあり、それぞれのミックスに日本語版、英語版があります。
2つのミックスの違いはプラグインの使用を、通常のミックス同様に行なったものと、プラグインの種類や使用する数を80年代当時の機材エミュレーションプラグインに限定し、プラグインを使用する数も実機と同じ数で行なったというものです。
FabFilterなど現代的なプラグインを使用して、ミックスしたバージョンでのミックスのアップデート合計は31回です。
FabFilterの中でもトップクラスの人気を誇るPro-Q 3。プロからの支持も非常に厚い。
それはすごいですね…!
古代氏:普通こんなにやらないです(笑)
quad氏:普通の仕事では相当珍しいと思います。
これはSSLなどのコンソールミックスでもミックスのアップデートはもちろん行いますが、ここまではやらないですね。
そこまでアップデートする前にミックス自体を見直しましょう、ということになると思いますが、結果的に31回目までアップデートしています。
最終的には、納得できるものになったんじゃないか、と古代さんとも話をしていました。
でも、納品までに時間があったんですよ。
最初に作ったミックスは、前述のプラグインの使用などを通常のミックス同様に行なったものでしたが、そのミックスとは別に、80年代の古代さんが気に入られていた「美乃家セントラル・ステイション」のサウンド(前編参照)や、80年代当時のシティポップの雰囲気を再現してみようと思い、もう一つの80年代の機材エミュレーションプラグインとプラグインの使用数も実機と同じミックスを作りました。
Starry Nightの録音は、DAWで行なっていておおよそ96トラックあるのですが、まずこのトラックを80年代当時のアナログ24トラックMTRで鳴っていると想定して、モノラル換算で基本的には24グループにまとめ、そこにUniversal Audio(以下UAD)のテープマシンエミュレータ、Studer A800をインサートしています。
DAW上ですのでシステム自体が違いますから、完全にテープと同じにはいかないですが、できるかぎりの事をやってみました。
24グループの作り方は、アナログ卓とアナログMTRでやっていた時と同じで、複数のマイクを使っていてもDAW以前は普通にトラックをまとめてMTRに録音していたので、それ自体は簡単でした。
例えばスネアにトップとボトムのマイクがあれば、MTRに送る時には2つのマイクを同じバスアサインにして、1トラックにして録音するという流れです。
ストリングスやブラスなどのトラックは、曲によってまとめ方は様々ですが、今回はストリングやブラスはそれぞれ全てステレオで2トラックにまとめています。
DAW上で24のグループにまとめる時は、もう録りの時に音は作っていますから、グループに送る前の録音した個別のトラックには、ピンポンでトラックをまとめた想定の音以外は何もプラグインはかけていません。
基本的なやり方は卓のバスアサインで送っているだけというイメージですね。
そしてコンソールは80年代前半を想定して、NeveかAPIかなと考え、結果的にNeve 8068コンソールでのミックスを想定して、EQにはUADのNeve 31102プラグインを使用しました。
EQに関しては、Neve 31102プラグインしか使っていません。
というのも、当時のコンソールミックスはアウトボードの他のEQが入るという選択肢はほぼない時代だからですね。
コンプレッサーに関しては、当時は1176が多くても4台しか無かったので4つでやっています。
あとはギターにLA-3Aを使用しているくらいです。あくまで、実機のハードの数ですね。
リバーブは最初に作ったバージョンのミックスでは11個をトラックの音色に応じて使い分けて使用していますが、80年代前半ということを考えて、プレートリバーブのUAD EMT140と、スプリングリバーブのUAD AKG BX20がそれぞれ各1つだけで、実機の台数と同じにしています。
あくまで当時の状態を再現したと。
quad氏:80年代前半ではまだデジタルリバーブが中心の時代でもないですし(80年代前半でもAMS RMX16や、QUANTEC Room Simulatorはありますが、今回はあえて使用しませんでした)、今では定番のLexicon 480Lももちろんありませんから、プレートリバーブとスプリングリバーブを使おうと考えました。
古代氏:私からみて、とりあえずUAD最強ということです(笑)UADが無かったらこの音になってなかったと思います。
quadさんがたくさんバージョンを上げてきた中で、一番ターニングポイントになったのは、Ampexのテープエミュレーションを使用したあたりからです。
あとはNeveのエミュですね。ガラッと雰囲気が変わって「あ、この方向性でいきましょう」となったんです。
Ampexはかなり良いですね。
quad氏:すでにミックスは完成していたので別バージョン的に「80年代の機材エミュレーションプラグインと、機材数で作ってみました」という感じで、古代さんに聞いていただいて、その時は一通り聞いてもらって終わりという感じでしたが、2〜3日してから古代さんから連絡があって「バランスを調整して聞いてみたい」という話になり、その結果こちらのバージョンの方が良いのかもしれないという話になりました。
31回アップデートしたものよりも「こっちのほうが自分の聴いてきたものに雰囲気が合っている」というふうになって。
最終的に、こちらのアップデートは7回でMix完成になりました。
31回やったことが7回で済んでいて、しかもプラグインの数も全然使っていません。
一度ミックスを完成しているので、それもあって作業は早かったとは思いますが、結果的に良いサウンドになって良かったですね。
古代氏:結局、昔のサウンドの良さっていうのは、まず録りの音が良いというのが第一に挙げられます。
それをquadさんにやって頂いたことが大きいです。それから私はラジカセ世代なので、そんなにプラグインがギッチリ詰まったコテコテのサウンドってあまり好きじゃないんですよ。
僕もですが、それを聴いて育ってないですもんね(笑)
やっぱり天井が詰まったサウンドっていうのが好きじゃないので、そこを一番言っているんです。
「レンジを失わないように、弾力感を残してください」ってquadさんにもお願いしています。
で、そのサウンドを追い求めていくと、結局プラグインが少ないものになるんですよ。
で、決め手が何かというのを見抜く力が必要になると思うんですが、今回はAKGスプリングリバーブとか、その辺がキモだったんだんなと。31回やった後に分かったと(一同笑)
でも、その31回あったからこそ生まれたんですよね。
古代氏:まずは現代的なやり方(ミックス)をやるじゃないですか。
それを是非としてやってくると、だんだん煮詰まってくるんですよね。
で、リセットして、プラグインを外して、昔のやり方でやってみたら「ああ、これだ」となったんですよ。
意外と答えは遠回りだったんですけど、シンプルだったりするんですよね。
quad氏:ミックスしている時間も、古いエミュレーションだけのものでやったほうが圧倒的に短いんです。
ATR-102が古代さんに気に入ってもらえて、当時は2mixマスターを主に6mm幅テープを使って38センチ/秒で録っていたので、その設定でやってみましょうと進めていきました。
そして、トータルコンプでUAD Neve 33609を使っていますが、ステレオで使えるコンプは時代的にNeve 33609くらいでしたのでそういう感じで決めていって自然にプラグインが少なくなりました。
現在のミックスからすると、とてもプラグインが少ないのですが、こういうやり方を意図的に行うということはあまりないですね。
ただ、この方法自体は実際のアナログ環境でやっていたことなので、今でも条件が整えば行えます。
トラックをどんどんまとめていくことも、アナログMTR、デジタルMTR、DAWと経験してきた私にとっては、機材ごとの録りの手法の違いということですから、DAWでも録り音を決めて録音する私の手法では制約とは思ったことはありません。
最終的に、Starry Nightは80年代の機材エミュレーションプラグインと、実際の機材数と同じプラグイン数で作ったバージョンのミックスが採用されました。
80年代前半のアナログ24トラックMTRを想定した、STUDER A800プラグインを使用するために作成したStarry Nightのトラックシート。 コンソールやテープを使用していた時代は、このようにトラックシートに使用したマイクや機材のメモを記録していたとのこと。
quad氏によると、ヴォーカルは日本語と英語バージョンがそれぞれ存在するが、今回のグループ分けでは日本語と英語バージョンが 一緒に鳴ることはない曲なので、ヴォーカルのバージョンでトラックは分けていない。
トラックの並び順は1トラックからハイハット、ベース、キックと並んでおり、アナログ24トラックMTRで実際に用いられる手法を意識してい る(トラックの並び順は録音の順番などにより、様々なパターンがある)。
古代氏:まとめると、音の良さっていうのは、まずUADのパワーが非常に大きいということ。
それから、使用したプラグイン(Spireなど)の音が進化したこと、quadさんのような昔のテクニックを知っている方が、無駄を極力省いたドンピシャなところに投げ切れるミックスをすることで質の高い音になる…というのがキモではないかと。
現代の技術と熟練の方の腕がなせる技ですね。
quad氏:録りもミックスも、古代さんの狙いを反映できるように作業していますが、その日の録りが終わって確認で作るバランスを取っただけのラフミックスも「意外と良かったね」という話がありますね。
古代氏:それだけ録りが良いということですよね。録りの段階で自分の理想を再現してもらってるので、すごく良いことだと思うんです。
あとはお化粧程度でよくて。楽曲の解釈が変わっちゃうほどプラグインてんこ盛りにする必要もないなと。
素材が良ければそのあとがすべて決まると。
古代氏:録り方もそうですし、プレイヤーさんの腕、スキル、解釈も重要ですね。
quad氏:プレイヤーさんの解釈がすごかったですね。
皆さん飲み込みが早くて、演奏のバリエーションもどんどん出してくれたので、レコーディングで煮詰まるということがありませんでした。
今日は久々こちらの青セットでレコーディング🥁ローピッチ&リングミュートで80’sサウンドを目指します👍 pic.twitter.com/TaqnHLzzWj
— 岡島俊治(Toshiharu Okajima) (@Okajimahal) April 24, 2021
何も言うことがないくらいスムーズだったんです。
プレイヤーさんが狙った音を出してくれると、レコーディングする側はシンプルに録音することができます。
もちろんプレイも上手いので、EQやコンプも積極的なサウンドメイキングという感じに使うことができますし、
結果的に録り音も良くなります。
そして、録り音が良いとミックスの手間もかからないですね。
古代さんの良い曲とアレンジに、ミュージシャンの方々の素晴らしい演奏や、SAK.さんのヴォーカルが上手くマッチしたので、レコーディングはとてもスムーズでしたね。
ここまでスムーズで、仕上がりも上手く行くことはなかなか難しいことだと思います。
プラグインが色々使えると「ここはもう少し調整できる」と思う時もありますが、意外と外してみた時の音が結構良かったりして、それも改めて良い発見になったなと思います。
それだけ、楽曲とプレイヤーさん、シンガーさんが良かったんだなと思いますね。
良い経験になりましたし、そういった意味でも良いプロジェクトでした。
Starry Nightのラフミックスと、完成後のファイナルミックス比較動画を特別に作成して頂き公開の許可を頂いた。上記のトラックシートと対応しているので、じっくり照らし合わせて欲しい。
さいごに
2回にわたってお届けした、湾岸6RRのインタビューはこれで終了です。
楽曲制作の深いところまで語って頂き、非常に濃い内容になりました。
湾岸ファンはもちろん、音楽制作に携わる方にとても有益な内容ではないでしょうか。
古代氏、quad氏をはじめ、素晴らしいキャストの方々の情熱とテクニックが詰まった渾身のトラックを是非聴いてみてください。
ゲームセンターに行けない方は是非ドライブ中にどうぞ。テンション上がること請け合いです!
湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RRサウンドトラック
湾岸ミッドナイトマキシマムチューン 6 RRキャスト
Vocal Jeff Washburn (Coming to You)
Lyrics 日比野則彦 Norihiko Hibino (Coming to You) @norihikohibino
Vocal/Lyrics SAK. (Starry Night) @39diva
Drum 岡島俊治 Toshiharu Okajima @Okajimahal
Bass 棚橋俊幸 Toshiyuki Tanahashi @Turner_Music
Guitar 國田大輔 Daisuke Kunita @DaisukeKunita
Keyboard Ayaki Ayaki @ayaki_piano
Trumpet 伊計博司 Hiroshi Ikei @irochi_tp_y_flg
Trombone 前田大輔 Daisuke Maeda @maecchi822
Sax 大堰邦郎 Kunio Ozeki @KunioOzeki
Violin/Viola テイセナ Sena Tei @teisenavn
Violin/Viola 青柳萌 Moe Aoyagi @popuri_vn
Score 羽田二十八 Nijuhachi Haneda
Recording/Mix quad @quad_luvtrax
古代祐三
古代祐三(@yuzokoshiro)
主にコンピューターゲームの音楽を手がける作曲家、ゲームプロデューサー。 ゲーム制作会社株式会社エインシャント代表取締役社長。 代表作に『イース』、『イースII』、『ソーサリアン』、『アクトレイザー』、『シェンムー』、『湾岸ミッドナイト MAXIMUM TUNE』、『世界樹の迷宮』他。
■駆け抜けろ!!300km/hオーバー
湾岸ミッドナイト MAXIMUM TUNE 6 RR 日本国内稼働中
■あのアクトレイザーが、数々の追加要素とともにリマスター!プレイヤーは“神”として地上に復活し、荒廃した大地を再び人々の手に取り戻すべく立ち上がる!
■1980年代にリリースされ人々を熱狂させた名作『ムーンクレスタ』『テラクレスタ』の魂を受け継いだ、新たなる自在合体シューティングゲームの最新作。
quad
quad(@quad_luvtrax)
レコーディング・Mix・楽曲制作をはじめ、マスタリング、PA、スタジオプランニング等幅広い分野で活動。リモート環境でのオンラインミックスダウン、オンラインマスタリングも対応しています。